2026年4月8日
会員著書案内| 著者名 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
|---|---|---|---|
| 西谷拓哉 | 『メルヴィルと両義性の詩学――後期小説への測鉛』 | 北烏山編集室 | 2026 |
【梗概】
本書は、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』(1851)以降の長篇及び短篇小説に即して、その両義性のありようを探ろうとするものである。〈両義性〉とは、ある一つの事象や陳述に複数の意味が存在し、それらが最終的に一つに収斂せず、解釈が並立する状態のことである。日本語では「曖昧さ」とも表される。メルヴィルは『ピエール』(1852)の副題を「種々の曖昧さ(Ambiguities)」としていることからもわかるように、あらゆる事象に両義性を見いだし、作品の中に形象化していった。その小説のプロット、登場人物の言動はもとより、作品の構造、文体に至るまで、さまざまなレベルで両義性が見て取れるのである。その特徴はむろん『白鯨』以前の小説にも現れてはいるが、後期小説においてより顕著である。
ウィリアム・エンプソンが『曖昧の七つの型』(初版 1930 年)を著してからおよそ一世紀になる。エンプソンは曖昧さを次のように定義する。「一つの言語表現に対して、いくつかの代替可能な反応の余地を与えるような言葉のニュアンスは、それがどんなに微かなものであろうと、本書の曖昧という主題に関係している」。今さら両義性かと訝しく思われる向きもあろうが、筆者にとっては、メルヴィルの文学を一言で表せと言われれば、この言葉以外にはなく、その小説を読んでいて最も面白く感じられる主題なのである。
本書では〈両義性〉をエンプソンの言う広い意味にとり、作品のありように応じて、テクストの豊かさを示したり、逆に意味の決定を困難にしたりするものとして使っている。メルヴィルの作品は、たとえ意味が決定不能に陥るように見るときでも、その先に通じる隘路をどこかに残している。本書では、メルヴィルのテクストがその複雑さの内側から私たちに差し出してくるもの、それをエンプソンほど「微かな(slight)」ニュアンスに対する感度は高くないとしても、できるだけ細かく掬い取ろうとした。その試みを象徴するものとして、海に投じて水深を測る器具である「測鉛」という言葉を副題として用いた次第である。
【目次】
序章 メルヴィルの小説とそのフォルム――伝統と革新のあいだで
Ⅰ 両義性のフォルム
第1章 『信用詐欺師』の曖昧さと構造
第2章 「バートルビー」と同語反復
第3章 交信不能の物語――「ベニート・セレーノ」における視線の輻輳
第4章 肖像画の謎――メルヴィルと『ピエール』の二重性
II 『白鯨』の描写
第5章 『白鯨』の風景
第6章 メルヴィルの複雑で奇妙な機械
第7章 エイハブの「弱さ」――感情の基底に横たわるもの
Ⅲ ジャンルとの親和と軋轢
第8章 メルヴィルの小説における死と感傷――1850年代の短篇に見る反センチメンタル・レトリック
第9章 「煙突」の構造――メルヴィルに見る家計と創作のディレンマ
第10章 喜劇のペシミズム――「林檎材のテーブル」における家庭小説の実験
Ⅳ 歴史と文化の深層へ
第11章 メルヴィルとトランスナショナルな身体――『白鯨』、『イズリアル・ポッター』を中心として
第12章 ブラック・ノイズとしての「ベニート・セレーノ」――メルヴィルとアフリカ的想像力
第13章 『ビリー・バッド』と嫉妬
第14章 D・H・ロレンスとメルヴィル――1920年代のメルヴィル・リバイバル再考
終章 元水夫の物語――メルヴィルの海洋文学における抒情性とノスタルジア
あとがき
引用・参考文献
参照したメルヴィル作品の翻訳一覧
初出一覧
索引