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2026年8月26日

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著者名 書名 出版社 出版年
石原剛・中垣恒太郎編 『振幅するフロンティア アメリカ西部と大衆文化』 小鳥遊書房 2026

【梗概】
 本書は、文化的表象としてのアメリカ西部を、文学・詩・映画・音楽・漫画・テレビドラマなど多様なジャンルを横断しつつ、時代とジャンルを超えて絶えず「振幅」し続けるイメージの変遷を探る論集であり、序、全3部12章、特別寄稿、あとがき、索引から構成されている。
 序(石原剛)では、アメリカ大衆文化研究の先達・亀井俊介の西部研究(『アメリカン・ヒーローの系譜』など)を出発点に、デイヴィ・クロケットやポール・バニヤンら英雄神話に見る力への憧憬と、その裏に潜む暴力性・差別性を対比する。さらに、ターナー、スミス、スロトキンらの研究から、従来の西部観に修正を求めたリメリックに代表されるニュー・ウェスタン・ヒストリーを経て、近年のポストウェスタン研究に至る西部文化研究の系譜をたどることで、アメリカの西部像が正と負、明と暗のあいだで揺れ動き続けてきた言説史を詳細に位置づける。
 第1部「アメリカ西部像の形成と変容」では、西部を固定的な地理概念ではなく文化的概念として捉え直す。「アメリカの文化形成と西部」(鈴木透)は西部像の変転と可能性を論じ、「ウォルト・ホイットマンの『西部』」(関根路代)はジオポエティックスの観点からホイットマンの詩「レッドウッドの歌」を再検討し、「ウィラ・キャザーの〈迷える語り手〉」(山本洋平)はキャザーの『ロスト・レディ』における先住民表象と歴史的記憶の葛藤を問い直し、「ディズニーランド占拠事件と対抗文化的心性の〈西部〉」(馬場聡)はフロンティア神話のベトナム戦争批判への政治的読み替えを論じる。
 第2部「アメリカ西部大衆文化の系譜」は、コミック『クレイジー・キャット』とアリゾナ観光文化(三浦知志)、映画『荒馬と女』におけるマリリン・モンローと西部劇の変容(井上博之)、戦後流行歌にみるカリフォルニア表象(舌津智之)、カントリー音楽におけるクィアな西部(永冨真梨)、テレビドラマ『ポートランディア』のコーヒー文化とヒップスター(社河内友里)を題材に、西部イメージが20世紀以降の社会状況の中で更新され続ける様相を検討する。
 第3部「日本文化とアメリカ西部」では、手塚治虫らによる戦後日本の西部劇漫画・絵物語(鈴木紀子)、ハリウッド西部劇の翻案である日活ウェスタン『早射ち野郎』(石原剛)、山田洋次監督『家族』における移動・家族・フロンティアの表象(中垣恒太郎)を通して、敗戦後日本におけるアメリカ西部像の受容と翻案を論じ、トランスナショナルな西部文化研究の先駆的な実践例を示す。
 さらに特別寄稿「『まぁ、いいよ』と言われたくて――亀井俊介のアメリカ大衆文化研究をどう引き継ぐか」(ウェルズ恵子)では、亀井の業績と姿勢をいかに自らの言葉で引き継ぐかという課題が提起される。
 アメリカ西部とは、歴史や国境に縛られず、それぞれの時代と地域の社会的要請に応じて柔軟に再想像され続ける、豊かな懐の深さを持つ文化表象であることが、本書全体を通じて浮かび上がってくる。

【目次】
序 荒野の感覚――アメリカ西部研究の現在地(石原剛)
第1部 アメリカ西部像の形成と変容
第1章 アメリカの文化形成と西部(鈴木透)
第2章 ウォルト・ホイットマンの「西部」――ジオポエティックスの観点から(関根路代)
第3章 ウィラ・キャザーの〈迷える語り手〉――アメリカ西部文学と先住民の影 (山本洋平)
第4章 ディズニーランド占拠事件と対抗文化的心性の〈西部〉(馬場聡)
第2部 アメリカ西部大衆文化の系譜
第5章 描線のアリゾナ――「クレイジー・キャット」入門(三浦知志)
第6章 地上に降りる星――『荒馬と女』におけるマリリン・モンローと西部の変容(井上博之)
第7章 ポピュラー音楽と南西部表象――あらかじめ失われたカリフォルニア(舌津智之)
第8章 カントリー音楽におけるクィアな「西部」(永冨真梨)
第9章 ヒップスターの自嘲――『ポートランディア』におけるコーヒー文化(社河内友里)
第3部 日本文化とアメリカ西部
第10章 トランスナショナル・ウェスト――戦後日本の西部劇漫画・絵物語における「西部」の受容とアダプテーション(鈴木紀子)
第11章 西部なき国の西部劇――日活ウェスタン『早射ち野郎』にみる文化翻訳(石原剛)
第12章 荒野から雪原へ――山田洋次『家族』におけるアメリカ・フロンティア像の受容と変容 (中垣恒太郎)
【特別寄稿】 「まぁ、いいよ」と言われたくて――亀井俊介のアメリカ大衆文化研究をどう引継ぐか(ウェルズ恵子)
あとがき 日本におけるアメリカ大衆文化研究のこれまでとこれから(中垣恒太郎)

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