2025年7月3日
会員著書案内著者名 | 署名 | 出版社 | 出版年 |
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森岡 伸 | 『ウォルター・ペイターを読む ―科学、錬金術、スピリトゥス』 | 開文社 | 2025年 |
【梗概】
宇宙は何からできていて、どんな法則に支配されているのか……そう人間はずっと問い続けてきた。古代ギリシアの哲学者達は、世界を動かす「物質の根源」について考え、それを水や火や空気に、あるいは原子なるものに帰し、素朴な言葉で語ったのはよく知られている。また、はるかに身近な現代の科学がわれわれに教えるのは、「物質の根源」としての電子やクオークなどのいわゆる素粒子が、それに働きかける光子など種々の「力」の粒子に支配されてこの宇宙を形づくっている姿である。そしてこれとて完成形ではないらしく、昨今は「ダークマター(暗黒物質)」や「ダークエネルギー」などの言葉も耳にする。いまだ得体の知れない、われわれの智識の届かない物質や力がなおこの宇宙には存在しているということらしい。
古代のコスモス像が一人一人の人間の生活、生き方に結び付けて語られることは普通だったし、中世やルネサンスの時代にもそうした考え方、習慣は健在だった。そこではマクロ的なコスモスと地上のミクロ世界とを統一的に説明する何かが受け入れられていた。十九世紀に入っても、例えば科学に造詣の深かったゲーテなどはそういう伝統を感じさせる面がある。そして、科学と人間と言う形で両者間にはっきりした溝が見え始めたのは多分十九世紀中庸の頃だった。今でいう「科学(science)」という言葉と概念が確立し、様々に分化した自然の学問がわれわれを取りき始めた時代でもある。その延長にくる現代の科学的宇宙観も、社会のありよう、個々の人間の生き方とつなげて語られることはまずないし(一部例外的なものはあるが)、概ね、距離をおいて対象化され、独立したモノとして論じられるのが通例になっている。
そうした大きな流れを視界に収めながら、この時代に科学と向き合った人文主義者ペイターに注目し、その言葉遣いや発想の根底に光をあてるとき、やはり混沌とした時代特有の精神と表現の形が見えてくる。新しさと古さが同居していると言ってしまえばそれまでの話なのだが、新しさを伝統的なものに、伝統的なものを新しさにつなぎ留めようとする切実な努力があり、もっと言えば、その境界を無効化しようとする衝動と願望を秘めた、根源的なものへの眼差がある。そしてその関心の内実と表現のリアリティを確保すべくペイターが赴いたのが、一つには(ダーウィニズムも遠景に収めつつ)時代の新しいエネルギー概念であり、またそれでは包み切れない人間の夢想の拡がりに変幻自在の演出で応えたモデルが錬金思想だったとも言えそうだ。本書の議論の進行もそうした大枠に沿って展開している。いずれも、物質主義とのその結びつきと隔たりにおいて、その展開における自己変容のイメージにおいて、ペイターの描く絵図の全体と細部を支える詩的修辞となっているからである。
【目次】
はじめに
序論:主題のためのスケッチ
1 変異と持続を語る科学
2 科学と文学言語
3 魂(ソウル)と心(マインド)
4 ディアレクティケー
5 素材、物質、金属
6 エピクロス主義へ
第一章:ヘルメスの術とクリソポエティックス
1 『エメラルド・タブレット』
2 エソテリシズムとしての錬金思想
3 ヘルメス的知と象徴体系
4 文学テキストをたどる
5 魔術師か錬金術師か
第二章:物質、エネルギー、言語
1 エネルギー科学の方へ
2 化学変成と熱エネルギーの隠喩
3 マグヌス・オプスの変奏
4 知識の樹と表現の秘密
5 ピュタゴラス主義の不思議
第三章:宇宙、コレスポンダンス、共同体
1 霊気をまとう自然
2 自然、音楽、エネルギー
3 存在の連鎖と詩のなかの科学
4 啓示、観照、意志
5 「大いなる理想」の行方
6 歴史、コレスポンダンス、人間
7 「共感の拡大」を考える
8 なぜ「遠い」のか
第四章:時代、オカルティズム、文体
1 文体と社会
2 メスメリズム
3 心霊主義と心霊研究
4 ペイターの場合
5 批評言語と心霊的なモノ
むすび
著者あとがき
索引