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2023年12月14日

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著者名 書名 出版社 出版年
矢口裕子 『アナイス・ニンの魂と肉体の実験室———パリ、1930年代』 小鳥遊書房 2023


【梗概】
 アナイス・ニン(1903−1977)の主著である『アナイス・ニンの日記』は、編集版7巻、初期の日記4巻、無削除版8巻の3シリーズ19巻からなる。折しも無削除版の最終巻A Joyous Transformationが出版されたのとほぼ期を一にして、本邦初となるニンのモノグラフを刊行する運びとなった。
 ニンの評価がもっとも安定的に高かったのは、編集版日記第1巻が出版された60年代後半から、作家が亡くなる70年代後半までの約10年間、第二波フェミニズムの隆盛期とも重なる時期であった。主要な関係者の死後、編集版で隠されていたことどもを明らかにした無削除版が出版されると、新しい読者を獲得するとともに、作家の人生あるいは人格への価値判断を含む毀誉褒貶はかまびすしさを増した。近年ニンは、フランスのバンドデシネ(コミック)やイギリスのテレビドラマに翻案されるなど、サブカルチャーの分野で新たな注目を集めているが、作家としての(再)評価は、洋の東西を問わずいまだなされていないというべきである。
 本書は、ニンが日記、創作、書簡に書きつけた言葉のなかから、新たなアナイス・ニン像をパリンプセストとして創造/生成しようとする試みである。複数のテクストは、ニンが愛したマルセル・デュシャンの絵画≪階段を降りる裸体 No. 2≫のように、重なりとずれをはらみつつ、一方が他方にあらがったり、一方が他方を脱構築したりする。
 本書が着目するのは、1930年代にパリで書かれた、またはその時代と場所を扱う作品群である。ニン自身の生地であるとともに、シュルレアリスムと映画が生まれた街、パリで、ヘンリー&ジューン・ミラー夫妻、ロレンス・ダレル、アントナン・アルトー、オットー・ランク、生き別れになっていたピアニスト/作曲家の父、ホアキン・ニンらとの運命的な出逢いを経て、作家として人間として女性として、アナイス・ニンがまさに生成されつつあった時代、それはニンがもっともニンらしい時代であったと考えるからだ。


【目次】
はじめに
第1部(日記)
第1章 『アナイス・ニンの日記』————いまだ小説に描かれないもう一人の女
第2章 性/愛の家のスパイ————『ヘンリー&ジューン』から読み直すアナイス・ニン
第3章 想像の父を求めて———『インセスト』論への前奏曲
第4章 『インセスト』————書くこともまた侵犯である

第2部(フィクション)
第5章 『近親相姦の家』で夢見る分身たち————シュルレアリスム・映画・アルトー
第6章 アナイス・ニンの埋められた子ども————『人工の冬』パリ版という旅
第7章 反『ヘンリー&ジューン』小説としての「ジューナ」
第8章 精神分析————父/娘の誘惑
第9章 「リリス」————父の娘でなく、母の娘でなく
おわりに

参考・引用文献
あとがき
初出一覧
図版出典


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