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2024年1月15日

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著者名 書名 出版社 出版年
鶴見良次 『イギリスの忘れられた子供の本』 朝日出版社 2023


【梗概】
 本書は、「読者」としての子供の存在が認識され始めた17世紀末から、19世紀後半にいわゆる「児童文学」の成立期をむかえるまでの時期のイギリスの児童書を考察したものである。なかでも、現代の子供たちにはほとんど顧みられない本がおもな対象である。本書のタイトルが『イギリスの忘れられた子供の本』であることの所以である。
 児童文学史家M・O・グレンビーは児童文学にもイギリス文学史で言われる「カノン」(正典)あるいは「偉大な伝統」が形成されてきたという。大学の英文学科で児童文学の授業や研究が行われる際に必ず取りあげられる、いわゆる「名作」の歴史である。それに対し、本書が目指すのはそれとは異なるもう1つの「イギリス児童文学史」の試みである。すなわち、いわゆる「名作」として今日まで知られているもの以外に、どのような本が、どのような時代に、どれほど、どのように読まれたかが問いとなる。
 今日では忘れられている「名作」を取りあげる場合も「名作」であることを前提として扱うことはしていない。そのような名作とともに、当時は評判を取りながら、のちにまったく忘れられた無名の著者による本がいわば平等に前面に登場することとなる。本書の考察の対象として目次に並ぶ書名のほとんどが見慣れないものであるのはこれらの理由による。それらの忘れ去られた著者の、あるいはその名さえ示されていない文字通り無名の著者の本が、なぜ、当時は多くの子供や大人たちに大好評をもって受け入れられたのか。その問いに答えることが本書の目的である。
 各章の論述で心がけたことは、考察の対象とした書の出版と流通の事情についてできるだけ詳しく紹介することである。どのような著者が、どのような動機でそれらの書を著し、どのような版元が刊行したか、そしてそれらはどのように流通し、子供やその親たちに消費され、批評家等から評価されたかといったことである。そうした記述のなかから、今日では忘れられた子供の本が、おのずからその時代の子供やその親たちを惹きつけた姿を現す。そのために、できる限り現物に触れ、それを紹介したい。詩には試訳とともに原文を示し、知られていない物語にはわかりやすいあらすじを付し、稀覯本からの図版を多数収めた。私が小書で試みるのは、今日では忘れられた子供の本を出版当時に戻し、その歴史的な焦点合わせを行うことである。それぞれの時代の子供の本の著者の、出版者の、批評家の、そして何より読者たる子供の身になって、それらの本を手にすることである。


【目次】
序論
  イギリス児童文学の「偉大な伝統」
  イギリス帝国の子供の本
  忘れられた子供とその本
  児童文学の現代的概念
  論述の方針
第1章 子供用の聖書の誕生――ジャン・フレデリック・オステルヴァルド『簡約聖書物語』([1712、あるいはそれ以前])他
  子供用の聖書
  子供に聖書を読ませることの是非
  ジャン・フレデリック・オステルヴァルド『簡約聖書物語』
  ジョゼフ・ハザード刊『簡約 旧約・新約聖書物語』(1726)と著者不詳『子供の聖書』(1763)
  イギリス帝国の子供の聖書
第2章 ピューリタン後裔の子供の讃美歌――アイザック・ウォッツ『聖なる歌』(1715)
  「良き教えの本」の伝統
  最も美しい讃美歌の作者
  讃美歌の教育的効用
  ピューリタン的な要素――ジェイムズ・ジェインウェイ『子供のための遺言』(1672)とエイブラハム・チア『子供のための鏡』(1673)
  『聖なる歌』のトラクトとその国際的流布
  宗教的な児童書の役割の終焉
第3章 イギリス帝国の子供の物語 ――ジョン・ニューベリー刊『靴二つさんの物語』(1765)とその続編(1766)
  子供のために書かれた最初の写実主義的小説
  妖精物語的世界観と近代的市民道徳
  魔女と女教師
  女教師が主人公の童話の誕生
  弟トムの冒険物語
  イギリス帝国の辺境への憧れと知識
  慈善と冒険――2つのイギリス近代
  女の子と男の子の立身出世物語
第4章「学者犬」の童謡――セアラ・マーティン『ハバードおばさんとその犬の滑稽な冒険』(1805)他
  擬人的な動物の童謡
  「ハバードおばさん」とその原作者
  ハリス版とキャトナック版の異同
  『ハバードおばさんとその犬』後編と続編(1806)
  『トロットおばさんとその猫』(1803)
  大道芸「学者犬」としてのハバードおばさんの犬
  ジョージ・クルックシャンク《犬の時代》(1836)
  ハバードおばさんとその犬のイギリス近代
第5章 子供の本における残酷性――ペロー童話、グリム童話の受容小史
  セアラ・トリマー『教育守護者』(1802-06)の妖精物語批判
  フェリックス・サマリー『伝承妖精物語集』(1845)におけるペロー童話の改変
  英訳『グリム民話集』(1823-26)における改変
  ジョン・フォックス『殉教者の書』(1563)とメアリ・マーサ・シャーウッドの
  『フェアチャイルド家物語』(1818)の残酷性
  残酷性の忌避/残酷性の利用
  アミーリア・オーピー『黒人の嘆き』(1826)の残酷性
  残酷性と児童文学の近代化
第6章 妖精物語論争と近代的児童文学観の成立――『ジョージ・クルックシャンクの妖精文庫』(1854-64)
  妖精物語の挿絵画家としてのジョージ・クルックシャンク
  妖精物語論争の顛末――クルックシャンク、ディケンズ、ラスキン
  妖精物語と民俗学
  妖精物語の2つの神聖化――近代的児童文学観の成立
第7章 堕落しかつ無垢な子供たち――チャールズ・ディケンズの「子供の文学」
  「子供の文学」と「児童文学」
  ディケンズにおける忘れられた子供の本
  『大いなる遺産』(1860-61)のピップの罪悪感
  罪深い/有罪の、無垢な/無罪の
  帝国の堕落しかつ無垢な子供たち
第8章 子供の現代生活の物語――ロバート・バーンズ挿絵『ストーリー=ランド』([1884])他
  「絵も会話もないなんて」
  挿絵画家ロバート・バーンズ
  農村画とファンシー・ピクチャーの系統
  『ストーリー=ランド』の物語と挿絵
  宗教的トラクト協会の児童書
  バーンズ挿絵版のウォッツ『聖なる歌』([1885])とバーボールド夫人『子供の散文の讃美歌』(1865)
  メアリ・ルイーザ・モルズワース『ロビン・レッドブレスト――女の子のための物語』(1891)他
  大衆文化における子供の現代生活の画家
結論

初出一覧
図版出典
参考文献
人名索引


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