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2023年1月12日

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著者名 書名 出版社 出版年
竹山 友子 著 『書きかえる女たち―初期近代英国の女性による聖書および古典の援用』 春風社 2022


【梗概】
 本書は古代ギリシア・ローマの文芸復興が隆盛した初期近代の英国における女性の執筆活動に焦点を当て、キリスト教を基盤とした男女観を反映する行動規範と闘った「書く女性たち」の痕跡を探る。女性が執筆・出版することに対して否定的だった時代に、聖書や古典作品などの権威ある書物を利用し、それらを巧みに書きかえることによって当時の差別的な規範に挑んだ「書きかえる女たち」の活動とその範囲の拡大を、詩作品(一部演劇)を中心に考察する。
 構成は全十章と訳詩選からなり、第一章「初期近代英国の女性と書き物」では、女性の執筆行為を阻む社会規範の礎となったキリスト教の教義や人文主義者たちの書物に表される男女観とその変遷について述べる。当時の女性たちが社会規範と格闘しながら、徐々に書く行為を手にして「書きかえ」を行っていった背景を解説する。第二章から第九章までは女性たちが書いた作品を分析し、彼女たちがいかにして権威ある書物の書きかえを行っているかを明らかにする。第二章および第三章ではフィリップ・シドニーの妹、ペンブルック伯爵夫人メアリー・シドニーによる「詩編」翻訳を取り上げ、翻訳の過程でなされたジェンダー的な書きかえを考察する。第四章では、中流階級出身のエミリア・ラニヤーによる聖書の書きかえに焦点を当て、楽園の喪失をもたらす原罪を招いたイヴの責任を軽減しようとするラニヤーの再解釈を分析する。第五章では、ラニヤーの詩に見られるメアリー・シドニーの影響を探り、ジェンダー的書きかえが次の世代へと受け継がれていることを明らかにする。第六章では、エリザベス・ケアリーが執筆したクローゼットドラマ『マリアムの悲劇』に表出される新ストア主義の思想を考察し、古代ギリシア・ローマ時代から当時に至るまでの思想家による著作との影響関係を探る。
 後半部では初期近代の男性詩人を女性作家の比較対象に取り上げた考察を行う。第七章では、共和制時代から王政復古初期に活躍したキャサリン・フィリップスの詩に現れるジョン・ダンの奇想とパラドックスの影響を読み解く。第八章では、十七世紀という共通項はあるものの「時代/ジャンル/詩人の性別」を超えた詩の比較を行う。エミリア・ラニヤーによるカントリーハウス詩、エイブラハム・カウリーによる恋愛詩、マーガレット・キャヴェンディッシュによる寓意的な対話詩に登場する樹木の擬人性を考察し、詩における樹木の性別がもたらす効果とともに、樹木の擬人性と詩人の性別との関係を探る。第九章では、オウィディウスの『変身物語』をモチーフにしたと考えられる樹木をテーマとする詩を書いた二人の作家、ロバート・ヘリックとアフラ・ベーンを取り上げる。彼らの詩に見られる樹木を介した変身が欲望の表出であることを、ジェンダーの問題と絡めながら考察する。終章では、タイトルページなどのパラテクストから「書きかえる女たち」の知恵を読み取る。最後に付した「訳詩選」では、女性たちの埋もれた作品を紹介する一助となるべく、第二章から第九章の論で扱った詩の中から重要かつ先行訳のない(または少ない)詩を選び、その日本語訳(長編詩の場合は抜粋)を掲載する。


【目次】
はじめに
第一章 初期近代英国の女性と書き物
  一 初期近代英国の女性像の礎―キリスト教に基づく女性像
  二 人文主義者の女性像
  三 書く主体としての女性
第二章  メアリー・シドニー訳『ダビデの詩編』における罪と女性―第五八編と第八二編の考察より
  一 兄フィリップと妹メアリーの詩編翻訳
  二 詩編第五八編
  三 詩編第八二編
  四 エリザベス女王への献呈詩
  五 隠された改変意図
第三章 メアリー・シドニー訳『ダビデの詩編』からの「子宮」の消滅
  一 メアリー・シドニーの詩編翻訳とその背景
  二 詩編におけるwomb の考察
    (一)第二二編 (二)第五八編 (三)第七一編 (四)第一一〇編
    (五)第一二七編(六)第一三九編 (七)breast(s) について
  三 初期近代英国のwomb(子宮・胎)に対する社会通念
  四 作家としてのメアリー・シドニーとエリザベス女王
  五 女性による女性のための改変
第四章 罪なきイヴの救済―エミリア・ラニヤーにおける女性擁護の言説とその源泉
  一 原罪解釈の源泉
  二 ラニヤーによるイヴ擁護の描写
  三 聖アウグスティヌスによる原罪解釈とその影響
  四 神の啓示としての女性擁護
第五章  ペンによるジェンダー革命―エミリア・ラニヤーの詩集に見られるメアリー・シドニー訳『ダビデの詩編』の影響
  一 メアリー・シドニーとエミリア・ラニヤーの関係
  二  王と女王の並置―ラニヤーの標題詩とメアリーの献呈詩「心配りが今や」(Even now that Care)
  三  ギリシア・ローマ神話の女神像―「ユダヤ人の神王、万歳」とメアリー訳『ダビデの詩編』
  四 アートとネイチャーの調和
  五 ラニヤーへのメアリーの影響とその意味
第六章  斬首の王妃マリアムの救済―エリザベス・ケアリー作『マリアムの悲劇』に表出される新ストア主義思想
  一 初期近代英国の人文主義思想
  二 『マリアムの悲劇』における女性像と臣下像の融合
  三 マリアムの変容と新ストア主義思想
  四 執筆背景と新ストア主義
第七章  太陽に挑む‘Youth’ と太陽を超越する‘Lady’―ジョン・ダンとキャサリン・フィリップスの詩における太陽の表象
  一 フィリップスと友愛会
  二 ジョン・ダンのコンパスの奇想とキャサリン・フィリップスによる焼き直し
  三 ジョン・ダンの『歌とソネット』における太陽
  四 キャサリン・フィリップスのルーケイシア詩群における太陽
  五 フィリップスによるダンの手法のさらなる応用と新たな見解
  六 女性の友愛と新しい科学
第八章  性別を与えられた樹木とその背景―ラニヤー、カウリー、キャヴェンディッシュの選択
  一 樹木と人間
  二 エミリア・ラニヤー「クッカム邸の描写」(The Description of Cooke-ham)
  三 エイブラハム・カウリー「春」(The Spring)および「樹木」(The Tree)
  四  マーガレット・キャヴェンディッシュ「オークと彼を切り倒そうとする人間の対話」(A Dialogue between an Oake, and a Man cutting him downe)
  五 三者三様の擬人性の扱い
第九章 樹木を介した欲望の表出と変身願望―ロバート・ヘリックとアフラ・ベーン
  一 一七世紀における樹木への関心と変容物語
  二 ロバート・へリック「葡萄の木」(The Vine)
  三  アフラ・ベーン「コルセットにするため切り倒された杜松に寄せて」(On a Juniper-Tree, cut down to make Busks)
  四 話者の問題
終章 パラテクストから見る「書きかえる女たち」の知恵
訳詩選
  メアリー・シドニー(ペンブルック伯爵夫人)
  エミリア・ラニヤー
  キャサリン・フィリップス
  アフラ・ベーン
あとがき
初出一覧
図版出典一覧

文献目録
人名・作品名索引
事項索引

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