日本英文学会関東支部2010年1月例会プログラム

 

日時】 2010年1月9日(土)13:0017:45

【場所】 専修大学神田キャンパス1号館

 

【プログラム】

第1室(1号館−201教室)
13:00~14:15        講演 「『東大英単』ができるまで」

                            司会           坂野由紀子(成蹊大学准教授)

講師                    Tom Gally(東京大学准教授)

 

14:30~15:30        研究発表 “Henry James in Ruskin’s Shadow: Aestheticism in Roderick Hudson

                            司会                    高尾直知(中央大学教授)

発表者                  江口智子(アバディーン大学大学院英文学博士課程)

 

15:45~17:45  シンポジウム 「『性』と『心』をめぐるイギリス近現代を再読する

―心理学、法言語、寿命のテクノロジー、精神分析

                            講師・司会        遠藤不比人(成蹊大学准教授)

                            講師                    矢口朱美(エクセター大学大学院生)

講師                    野田恵子(日本学術振興会特別研究員)

講師                    加藤めぐみ(東京学芸大学非常勤講師)


室(1号館−206教室)
14:30~15:30        研究発表 “‘American Curiosities’ の作り方

                            司会                    川田潤(福島大学准教授)

発表者                 佐藤憲一(前橋国際大学専任講師)

 

 

 

発表要旨

 

【講演】

『東大英単』ができるまで

トム・ガリー(Tom Gally

英語の学習において、特に高レベルでの能力達成を妨げるのが語彙の習得である。若い学習者であれば発音や文法などの基本はすぐにマスターできる場合もあるが、数万語の意味と用法を覚えるまでは英語をものにできたとは言えない。アカデミックな諸分野では、それぞれの分野の専門用語だけではなく多分野にわたって使用される共通の学術言語も使いこなせる必要があるため、語彙の習得は特に重要である。東京大学では近年、学部新入生の会話力やリスニング能力は大きく向上しているが、語彙力が必須となるリーディング能力は残念ながら低下傾向にある。この問題を解決するため、東京大学教養学部の英語部会は約2年をかけて革新的な英語学術語彙テキストを編纂した。当初想定した対象読者は大学生であったが、語彙学習の必要性は広く一般社会においても認識されているようで、2009年3月に出版された『東大英単』(東京大学出版会)はたちまちベストセラーになった。本講演では、語彙習得の方法をさまざまな側面から考えながら、『東大英単』の編集プロセスや興味深いエピソードを紹介する。

 

 

 

  

【シンポジウム】

「性」と「心」をめぐるイギリス近現代を再読する

心理学、法言語、寿命のテクノロジー、精神分析―

遠藤不比人

矢口朱美

野田恵子

加藤めぐみ

ミシェル・フーコー以後、近現代の文化・文学研究において「セクシュアリティ」は特権的な主題となっている。殊に英米文学研究においては「クイア理論」が洗練されたテクストの解釈を可能にし、その結果多くの優れた業績が生産されてもいる。しかしながら、こういった研究の趨勢にも拘らず、「性」ないしは「心」をめぐる非常に重要な言説群がいまだに近現代のイギリス文化・文学研究において十分な読解の対象になっていない。本シムポジアムはこのような状況認識から、今触れたような「性」あるいは「心」に関する言説群を一次資料として精読しながら、その読解をより広範な文化・文学研究へと接続する可能性を模索する。

具体的には、最近ようやく本格的な研究の兆しが見える世紀転換期のイギリスの心理学、特にJames Sullyの心理学に注目し、彼のヴィジョンとVirginia Woolfのヴィジョンとが交錯する様を読みながら、同時に大戦後フロイト的精神分析が受容された文化的なコンテクストをも精査する(矢口)。

また同じく世紀転換期のイギリスの「性科学sexology」(およびそれに関連する言説)を、男同士の性的関係を裁く法の言説との関係性において読み解きつつ、「性科学」が「同性愛者」という主体の形成過程においてどのような意義を帯びていたのかを再考する(野田)。

さらに、戦間期の優生学的言説のなかで特に「寿命」または「回春術」(rejuvenation therapy)に関する言説、たとえばC. P. Snow, New Lives for Old (1933) Gertrude Atherton, Black Oxen(1923)、大衆SF雑誌Amazing Stories Magazinesを読むことで、あの400年生き続けるオーランドが生まれたコンテクストを浮き彫りにする(加藤)。

最後に、第二次大戦後のイギリスの「福祉国家」における「母」をめぐる言説とイギリスの精神分析(クライン派の理論)との相互関連性に注目しながら、ラディカルなメタ心理学が極端に言えば「育児書」的イデオロギーに回収される――と同時にそこから逸脱しもする――テクスト的な事態を前景化し、この時代の文化の一面を明らかにする(遠藤)。

このように本シムポジアムはイギリス近現代史研究において極めて重要でありながら、特に文学研究者が一次資料レヴェルで着目していなかった「心」と「性」をめぐる言説群を読解しながら、あらたな研究の可能性を示唆することを目指したい。

 

 

【研究発表】

 

“Henry James in Ruskin’s Shadow: Aestheticism in Roderick Hudson

Tomoko Eguchi

              Some critics such as Stuart P. Sherman regard Henry James as an Aesthete who cared only about beauty, claiming that “the controlling principle in Henry James’s imaginary world is not religion nor morality [but rather] a sense of style”.  Sherman’s claim is based on the general definition of late “Aestheticism” whose slogan is “art for art’s sake”.  However, this paper will explore James’s Romantic, moral, and religious sides in his early works which has so far been much neglected by scholars.  This paper will focus on James’s first major novel, Roderick Hudson (1875) in comparison with the early Aestheticism of John Ruskin (1819-1900).  Being a founder of the English Aesthetic Movement, Ruskin shows his faith in Christianity and strong sense of morality in his Aesthetic theory.  Although few critics have compared James with Ruskin, Ruskin evidently influenced James’s art theory.  When James started his literary career, Ruskin was one of the most dominant figures in the artistic world.  James and Ruskin both have Protestant backgrounds and show a certain fascination with Catholic arts, both, for example, being drawn to Italy and Italian art.  This paper will argue James’s ambiguous attitude towards Christianity in relation with his notions of morality and Aesthetic ideas through the protagonists Rowland and Roderick in Roderick Hudson.  By shedding light on moral and religious sides in James’s early works, this paper will analyze Roderick Hudson as the young James’s experiment to develop his own ideas about art under the influence of his great precedents, especially John Ruskin.

 

 

 

“American Curiosities” の作り方

佐藤憲一

 ロンドン王立協会の機関誌『フィロソフィカル・トランザクションズ』(Philosophical Transactions16718月号には、ケープコッド沖で捕獲された海星(“stellar-fish”)や、ハチドリ(“hummingbird”)の巣などといった、アメリカの「珍品(“curiosities”)」に関する報告記事が掲載されている。しかし、この報告記事の元になった、北アメリカの王立協会通信員ジョン・ウィンスロップ・ジュニア(John Winthrop, Jr.)による書簡には、「珍品 “curiosities”)」という語が出現しない。この語は、書簡を記事として出版する側により付加されたのである。OEDを紐解くと、“curiosity” “[a]n object of interest”という語義で初めて使われるのは1645年のことであるから、1631年にニューイングランドに移民したウィンスロップ・ジュニアは、“curiosity”の新たな語義に十分には知悉していなかったと推測できる。換言するなら、17世紀後半にニューイングランド植民地から寄せられた報告は、17世紀半ばのイングランドにおいて形成された“curiosity”という語の新たな語義の射程内に(再)編成された、ということである。本発表では、王立協会機関誌に掲載されたひとつの記事をたよりに、“American curiosities” がトランスアトランティックに構築されてゆく様子を浮き彫りにしてみたい。