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著者名 書名 出版社 出版年
山口和彦・中谷崇編 『揺れ動く〈保守〉―現代アメリカ文学と社会』 春風社 2018

【梗概】
本書は、2016年12月10日に行われた日本アメリカ文学会東京支部におけるシンポジウム「現代アメリカ小説における「保守」の諸相」(司会・講師 山口和彦 講師 中谷崇・深瀬有希子・渡邉克昭)での議論を拡充するものである。

2016年のアメリカ大統領選挙をめぐるトランプ現象、およびその後のアメリカ社会の変化は、日本におけるアメリカ文学研究者、とりわけ、現代アメリカ文学を専門領域としている者にとっては大きな課題であり続けている。「伝統」を重視したエリオットを引き継ぐ南部モダニストたちの歴史認識、冷戦下の保守的な文壇の動向、コンフォーミズムの時代と呼ばれた1950年代の作家たち、様々な出自や過去と向き合いながら創作を行う黒人作家やユダヤ系、アジア系作家たちの台頭、中南米からの移民の急増によって生じた人種比率の変化に応じたアメリカ性(アメリカンネス)や境界(ボーダー)にまつわる作品や議論等、20世紀以降のアメリカ文学・文化を考える際に鍵概念のひとつが「保守」であるはずなのだが、トランプ現象は、「保守」という定義の曖昧さや複層性、「リベラル」との不分明さをあらためて浮き彫りにし、さらには、「保守」(あるいはリベラルとの相違や重なり)について語ること自体が不毛であるという思想の砂漠へ我々を誘いかねない。しかし、そのような思想的状況であるからこそ、逆説的だが、現代アメリカ文学に描かれた個の物語をあえて特定の文脈のなかの「保守」という観点から再検討することで、さまざまな思想的ラベルから解放することが意味をもつと思える。

 本書所収の論考は、各執筆者が一人の現代アメリカ作家の作品(場合によって複数の作品)に描かれた具体的な歴史的・社会的状況を意識しながら、そこに表現された「保守」なるものについて、用語の振幅自体も射程に入れつつ、多角的に考察することを企図した。政治の世界においては何/誰が「正しい」かを、ともすれば性急に決定し主張しなければならない。それと対照的に文学においては、何が「正しい」のか、何が「保守」されるべき「伝統」なのかといった一連の問いに対して、個別性を備えた特定の個人あるいは集団にとっては何が「正しい」と思えているのか、何が「伝統」として「保守」されるべきなのか、逆に何が「理想(世界)」として建設されるべきだと思われているのかといった「現実」に、まずは寄り添うことが求められる。解答そのものを保留することによって、生身の人間が経験し知覚している、誤りや認識の限界をも含めた「現実」を捉えようとする文学は、「ポスト・トゥルース(post-truth)」の時代とも言われる現代に求められる思考のありようなのである。

3. 目次

はしがき ―トランプ現象と、現代アメリカ文学の「保守(性)」について語ること(山口和彦)
1 姉妹の選択―モリスンの『ホーム』にみる「保守」としてのセルフ・ヘルプ(深瀬有希子)
2 ニューディールと「保守」の倫理―コーマック・マッカーシーの『果樹園の守りて』における市民的反抗の精神(山口和彦)
3 失われた学費―ウィラ・キャザー「オールド・ミセス・ハリス」と左派批評(山本洋平)
4 老兵死す―ヘミングウェイの『河を渡って木立の中へ』と冷戦(辻秀雄)
5 ジョン・オカダ『ノー・ノー・ボーイ』論―アメリカ社会の主流とマイノリティの境界(安原義博)
6 ブルース・スプリングスティーンの複眼的視線―デューイ、スタインベック、ガスリー、そしてスプリングスティーンへ(遠藤朋之)
7 カーソン・マッカラーズと少女の夢―『結婚式のメンバー』における保守とリベラル(佐々木真理)
8 冷戦終結とジョン・アップダイク的中産階級の変質―9・11以後のネオコンとネオリベラリズムの時代への応答(中谷崇)
9 戯れるアトムとイヴ―ボビー・アン・メイソンの南部原発小説『アトミック・ロマンス』(渡邉真理子)
10ささやき続ける水滴 ―ドン・デリーロ『ゼロK』における「生命の保守」(渡邉克昭)
あとがき ―「ネオコン」と「ネオリベラリズム」と「ポスト・トゥルース」の時代における「文学」の意義(中谷崇)
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