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著者名 書名 出版社 出版年
竹内勝徳 メルヴィル文学における<演技する主体> 小鳥遊書房 2020

【梗概】
  本書は、メルヴィル文学にみられる他者との対話や、過去の経験の再生、人間の意識を超えた衝動や繋がりに焦点を当てて、メルヴィル文学の本質を探る試みである。彼の作品には、他者の魂に憑依された人物、過去の経験をそれが現実に蘇ったかのように語る語り手、物語内で実際に役者として劇を演じる者、歌を歌う語り手、社会通念を演じる詐欺師など、自分の内部から湧き出る何かを演じる人物が多く登場し、それによって独特なテクスト空間を形成している。本書ではこのようなキャラクターを〈演技する主体〉と呼び、それが構成するテクスト空間や対話構造が、メルヴィル文学の本質的な部分を支えていると考える。
  第一部では『白鯨』を集中的に論じている。第一章は短編「二つの教会堂」のテクスト構造と比較する形で『白鯨』の中に劇場的な空間性を読み取る。第二章は、メルヴィルによるキャラクター造型の中に〈演技する主体〉に見られる他者性やその延長としての交換性を読み取る。第三章は、第二章での議論を援用し、〈演技する主体〉であるキャラクターに見られる身体の分裂性と拡張性について論じる。第四章は、キャラクターの声や音楽表現に注目し、〈演技する主体〉がいかに文化を超えて他者と結びつく媒体となったかを考える。
  第二部では、〈演技する主体〉が構成されていくプロセスを明らかにしている。第五章は、『タイピー』の主人公トンモの語り手としての視点が、ときに見られる側に転換する点に注目し、海洋探索あるいは博物学的な記述に一種の違和感を生じさせた点を考察する。第六章は、『オムー』で描かれる植民地主義行動が形式的に反復されることで、虚構の産物になることを論証する。第七章は、〈演技する主体〉が立ち現れるときに見られる欲望の構造性を提起する。第八章は、『レッドバーン』と『ホワイト・ジャケット』を取り上げ、〈演技する主体〉における過去と現在の関わりや、そこに介在する政治的イデオロギーとの関係について論じる。
  第三部では、〈演技する主体〉において、十九世紀の政治的イデオロギーがいかにして解体されていくかを論じている。第九章は、メルヴィルに重大な影響を与えたホーソーンの芸術論と、それに対するメルヴィルの受け取り方のずれを検証する。第十章は、『ピエール』のイザベル・バンフォードに十九世紀中葉のヨーロッパ移民表象を読み取り、彼女が移民としての運命を背負いながら、しかし、主人公ピエールをその音楽的なコミュニケーションの中に巻き込むことによって、世襲制が支配する大土地所有を崩壊に導くプロセスを探る。第十一章は、「バートルビー」と「ベニト・セレノ」を取り上げ、〈演技する主体〉のあり方が大きく反転した状況、すなわち、〈演技する主体〉が求める身体的な同一化を不可能にする社会状況に焦点を当てる。第十二章は、独立戦争を扱った『イズラエル・ポッター』がいかにして独立戦争神話を書き換えていったかを読み解いている。
  第四部では、〈演技する主体〉が提示する魂の救済の可能性について論じている。第十三章は、〈演技する主体〉が現れる文化的コンテクストとしてのニューヨークの政治動向、並びに、それと連動した劇場文化のあり方に注目し、『信用詐欺師』における〈演技する主体〉がそうした状況でいかなる演技的構造を作り上げているかを論じる。第十四章は、メルヴィルの隠れた大作『クラレル』における儀式的な場面を、〈演技する主体〉が立ち上がる場として位置づけ、それを当時盛んであったシオニズムの動きと対置して捉える。そして、第十五章は、メルヴィルが晩年に読んだアルトゥール・ショーペンハウアーの著作を参考に、『ビリー・バッド』における美の概念と芸術的共同体の行方を探る。
  終章は、鹿児島県奄美大島にゆかりのある小説家、島尾敏雄の『死の棘』、並びに、それを映画化した小栗康平監督の『死の棘』とメルヴィルの博物学の概念を比較している。

【目次】
序章 〈演技する主体〉
第一部
  第一章 劇場的空間としての『白鯨』
  第二章 “Clap eye on” Captain Pe(g)leg/ Ahab――メルヴィルによる『白鯨』の原稿修正と反ナショナリズムの衝動
  第三章 エイハブの脚――『白鯨』の身体論的解釈
  第四章 声と音楽――『タイピー』から『ビリー・バッド』へ

第二部
  第五章 『タイピー』における〈演技する主体〉
  第六章 トランスパシフィックな劇場的転回――『オムー』について
  第七章 狂気の謳歌――『マーディ』と『白鯨』
  第八章 イデオロギーとの戦い――『レッドバーン』と『ホワイト・ジャケット』

第三部
  第九章 ホーソーンとメルヴィル
  第十章 『ピエール』における移民、創作、セクシュアリティ
  第十一章 迫り来る壁、憑依する魂――「バートルビー」と「ベニト・セレノ」
  第十二章 ナラティブの向こう側へ――『イズラエル・ポッター』における独立戦争

第四部
  第十三章 劇場の政治学――『信用詐欺師』とタマニー・ホール
  第十四章  『クラレル』におけるシオニズムと時間の超越
  第十五章 『ビリー・バッド』とショーペンハウアー
終章  「南の島」とメルヴィル

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