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著者名 書名 出版社 出版年
里内克巳 著 『多文化アメリカの萌芽 19〜20世紀転換期文学における人種・性・級』 彩流社 2017

【梗概】

19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカ文学は、リアリズムと自然主義という二つの潮流に特徴づけられてきた。しかしこの時期は、アフリカ系、先住民・移民出身の作家など、多様なバックグラウンドを持った人々が、リアリズムの枠からはみ出す作品や著作を世に問うた時代でもあった。本書では、そうした作家を中心に、この時代に活躍した書き手11人のテクストを取り上げ、作品に盛り込まれた複合的メッセージの解読を試みた。

 第I部では、主流・非主流の書き手による〈他者〉の表象をめぐる問題を扱う。最初にジェイコブ・リースの著作を取り上げ、世紀転換期において階級的・エスニック的な〈他者〉像が言葉や写真によって、いかに構築されていたかという点から、この時代の各エスニック集団の捉えられ方を概観する。後続の章では、都市の貧困に取材したスティーヴン・クレインの第一長編と、農村の貧困問題に取り組んだW. E. B. デュボイスの『黒人のたましい』を取り上げ、これらの書き手たちが階級的・人種的な意味合いでの〈他者〉を描くことの限界に縛られつつ、いかにそれを乗り越えようとしたかを明らかにしていく。

 第II部では、社会の周縁に置かれた書き手による自伝テクストの様相に焦点を当てる。ここではまずデュボイスの著作を再び俎上に載せ、自伝的な要素が織り込まれた諸章の錯綜した構成を解きほぐす。次に、先住民系女性作家ジトカラ=シャの自伝的テクストを取り上げ、単線的でないその語りが孕む意味を探っていく。更に次章では、エスニック系の作家の自伝的テクストと連結させる形でヘレン・ケラーの自伝を分析し、文学史のなかでは、まだほとんど取り上げられることのないこの自伝の再評価を目指す。

 第III部以降は小説ジャンルに重点を置き、物語という器に書き手の社会的メッセージがどのように盛り込まれているかを分析する。ここでは、アリス・キャラハン(先住民系)、エイブラハム・カーハン(ユダヤ系)、スイシンファー(中国系)という三人の書き手の作品を取り上げる。これらの書き手は、民族的背景こそ異なるものの、男女の関係を軸にしたロマンスという物語展開を通して政治的主張を行なおうとした点に、共通性を見出すことができる。

 第IV部も小説作品の政治ロマンス的な側面に光を当てるが、この最終部では特に、黒人奴隷制の負の遺産という問題に書き手がどのような眼差しを向けているかを検討する。解放とは名ばかりの低い社会的地位に甘んじざるを得なかったアフリカ系アメリカ人の窮境に、アフリカ系作家たちがどのような形で反応し批判を行なったのかを、フランシス・E・W・ハーパーとチャールズ・W・チェスナットの小説を素材にして検討する。終章は、戦前の南部を舞台としたマーク・トウェインの『それはどっちだったか』を取り上げる。この小説で作者が描こうとした多人種・多民族から成る合衆国の肖像の在りようを、深く掘り下げ論じ、併せて、これまで論じてきたマイノリティ作家たちの作品と突き合わせることによって本書を総括する。





【目次】
序 本書の見取り図
第I部 他者を捉える──都市と農村のルポルタージュ
第1章 写真と言葉で描かれた都市
 ジェイコブ・A・リース『向こう側にいる人々の暮らし』
第2章 豊かさの向こう側
 スティーヴン・クレイン『街の女マギー』
第3章 〈車窓の社会学者〉に抗して
 W. E. B. デュボイス『黒人のたましい』1
第II部 自己を表わす──マイノリティ文学の私語り
第4章 死の影の谷を抜けて
 W. E. B. デュボイス『黒人のたましい』2
第5章 赤い鳥のビーズ細工
 ジトカラ=シャ『アメリカ・インディアンの物語』
第6章 奇跡の人の文学
 ヘレン・ケラー『私の人生の物語』
第III部 物語る──エスニック・ロマンスの主張
第7章 歴史のトラウマを書く
 アリス・キャラハン『ワイネマ──森の子供』
第8章 融けきらない移民たち
 エイブラハム・カーハン『イェクル』
第9章 トランスパシフィックの物語学
 スイシンファー「スプリング・フラグランス夫人」その他の短編
第IV部 過去を振り返る-──世紀転換期の小説と奴隷制
第10章 〈人種〉のメロドラマ
フランシス・E・W・ハーパー『アイオラ・リロイ』
第11章 〈人種〉から〈人類〉へ
チャールズ・W・チェスナット『杉に隠れた家』
第12章 アメリカの始まりに目を凝らして
マーク・トウェイン『それはどっちだったか』、「インディアンタウン」
註/ 引用・参考文献/ あとがき/ 初出一覧/ 索引

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