会員著書案内
著者名 書名 出版社 出版年
稲木昭子・沖田知子著 『アリスのことば学2-鏡の国のプリズム』 大阪大学出版会 2017

【梗概】

ルイス・キャロルは、『不思議の国のアリス』(以下『不思議』)の6年後に続編『鏡の国のアリス』(以下『鏡』)を出版した。同じアリスを主人公に6か月後の話の設定にしているが、『不思議』では子どもの目を見張らせるwonderfulな世界、『鏡』は鏡とチェスのモチーフをはじめとして知的好奇心をくすぐるcuriousな世界、と異なる趣を呈している。本書では、その異同や『鏡』に仕掛けられたことばと論理の遊びをことば学の観点から読み解こうとしたものである。ことば学は、生きたことばのおもしろさに迫るために、ことばやことば遣いを意識した立体読みをして、ことばから心を引き出す謎解きのメタ語用論のアプローチといえよう。燦然と輝く太陽の光がプリズムを通して虹色に分光されるように、ことば学というプリズムを通して『鏡』のことばと論理の多彩な輝きの数々 (prisms) を捉えることに努めた。

本書は物語の進行に沿って扱うが、物語をできるだけ網羅的に扱うために2段組みにして、問題となる英文と解説を分けている。具体的には、物語の展開に沿って、ミクロに分け入る「虫の目」、マクロから鳥瞰する「鳥の目」、潮の流れを見通す「魚の目」という3つの視点を設定して、コラムで詳説を行い、多角的な観点からことばのおもしろさを考える。虫の目は、複眼をつかってことばの細かな表現について暫し立ち止まって深く考えるもので、「歌の名前」「見えるとある」などを扱う。鳥の目では、物語の章を超えた構成やテーマを鳥瞰して捉え、「鏡の国の進み方」「ごっこ遊びと可能世界」などを論じる。魚の目では、時の移ろいを経てもなお尽きぬ魅力を見通すもので、とりわけ『不思議』との比較も随時行いつつ、「『愚の理』と『理の愚』」「鏡の語創造」などを扱い、アリス物語のその変わらぬ醍醐味を示した。このように点、面、体と視点の位置どりを変えることで『鏡』の輝きをとらえ味わうことができれば、それはまさにことばを楽しむ「人の目」となり、キャロルの不思議なことばと論理の世界へと誘うものと考える。

『鏡』の原題はThrough the Looking-Glass, and What Alice Found Thereと手段と結果を表しているが、この鏡の世界はアリス自身も想像したように、鏡像は実像のようでもそうではない、似て非なるものである。これは『鏡』のなかでのアリスのメトニミー的働きと符合するとともに、6年たった後のキャロルにとってのアリス像とも無関係ではない。本書では『鏡』の巻頭詩と巻末詩とその訳を左右に並べて、そこに込められたキャロルの思いをかなし(哀し/愛し)に収束させ、さらに巻末の折句詩には「アリス・プレズンス・リドルよ夏の日の夢の子」を配し、6年を経て出版された『鏡』に込められたキャロルの想いにもふれた。アリスの注釈はガードナーのものが定評であるが、それを参考にしつつも、ときには踏み込んで著者独自の視点からの分析や解説を提供し、また日本語からのアプローチにも工夫を試みた。

【目次】
プロローグ
第1章 鏡の向こう側-見えるとあるのズレ
第2章 辞書ほどのナンセンス-無理から比較
第3章 パンニバタフライ-名前と指示するもの
第4章 イヤハヤ、ナントモハヤ-どっこいどっこい
第5章 時を遡って生きる-因果の逆転
第6章 お前さんには名誉-ただならぬ卵
第7章 伝説の怪物アリス-立場変われば
第8章 ありえぬことに備えて-可能世界の先読み
第9章 戴冠のから騒ぎ-アリス、クイーンになる
第10章 ナント赤のクイーンは-誰の夢だったのか
エピローグ-アリスの2つの世界
『鏡の国のアリス』の巻頭詩と巻末詩
あとがき
使用テキスト
参考文献

トップページに戻る