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著者名 書名 出版社 出版年
宮原一成著 『ウィリアム・ゴールディングの読者』 開文社出版 2017

【梗概】
 現代英国人作家ウィリアム・ゴールディングが生前に発表した長編小説全作品を精読して論じること。これが本書の第1の目的であるが、加えてもう1つ目論見を盛り込んだ。それは、ゴールディングが作家として活動していた当時の読書理論の影響に対し、自覚的あるいは無自覚のうちに、どう反応していたかをたどることである。作者の意図の地位を貶め、そして〈作者の死〉をあがなうものとして読者に新しい生を授けるような、20世紀後半の受容美学や読者反応批評。作家ゴールディングの活動期(1954-91年)は、そうした新しい読者論・読者像が台頭し一世を風靡した時代に重なっている。その時代の潮流を相手に、ゴールディングはあるときは切り結び、あるときは怯え、あるときはそれを揶揄し、あるときは受け入れた。そんな彼の動揺する姿勢を作品順にたどることで、彼の作家としての人間像の全体を描写するとともに、20世紀後半読書論の展開とその内実や問題点を照射することを試みた。

 ゴールディングが自家薬籠中の技としたのは、読者が作品を読む際の視点を、作者の意のままに強引に操るという手法である。それは主に、小説の最後で読者が体験させられる視点の極端な転換という形をとる。彼自身がかつて1度使った用語でいえば、「ギミック」である。本書の第1章から第4章までは、その自信に満ちた手法の冴えを観察することを基調としている。だが小説『自由落下』が、読者の無理解と酷評に曝されたことで、作者の意図を至上のものと考えていたゴールディングの姿勢に大きな動揺が走る。本書第5章はその動揺や恐怖を素描し、動揺は作家生活の最後まで収束しなかったと指摘する。

 第6章で考察する小説『尖塔』以来、ゴールディングはテクスト--広義の意味におけるテクスト--を読むという行為を行う人物を、作中に登場させるようになる。また、自分の人生を素材テクストとして読む行為に従事する者を作品に組み入れるようになる。そして彼らの読み行為の描写において、ゴールディングは、オリジナルの意味を歪曲してしまう読者の像を描き出す。さらには、いったん自分が作り上げた解釈や読みの結果を突き崩されて苦悩する読者という像も活写する。苦悩のうちにその読者たちは、再読という行為へ導かれていく。

 おそらくゴールディングは、当時の読書論が展開した精緻な理論に通暁していたわけではない。当時の文壇を取り巻いた雰囲気を肌で感じていたという程度だろうが、彼はその空気に対して抵抗し、迎合し、やはり反発する。そうした歩みのなかで彼は、イーザーやフィッシュの読書論が内包している問題点のいくつかに、図らずも光を当てることもする。そしてその光の方向は、ウェイン・ブースやヒリス・ミラーがそれぞれに考えた〈読み行為の倫理〉という考え方と、同じ方を向いていたようにも思えるのである。

3. 目次

序 読ませる、読まれる、読まされる--再読するゴールディング
第1章 『蠅の王』における読者の拘束--〈むき出しの人〉を読ませるために
第2章 『後継者たち』に見る断絶と架け橋--読ませるための拘束と受け入れ
第3章 読者が捨てきれない/読者に捨てさせない--『ピンチャー・マーティン』における意味の標識
第4章 読み書きの時間--『自由落下』における書く行為の純粋持続(アエウム)と読む行為
第5章 読ませるゴールディングから読まれるゴールディングへ--転機とその後
第6章 『尖塔』における読み手の自負と偏見、そしてその教化
第7章 『ピラミッド』の非倫理的な読み手から学ぶ〈読むことの倫理〉
第8章 〈一〉を目指す〈二〉--『可視の闇』に見る複製と復元願望としての解釈行為
第9章 読み手の革命の貧弱さ--ジェイムズ・コリーの手紙から読む『通過儀礼』
第10章 白紙から読む『ペーパー・メン』--〈作者の死〉が死なせたもの
第11章 「雪の平原」としてのエジプト--自らを読み直すゴールディング
第12章 『海洋三部作』に見る〈信頼できる語り手〉と〈読んで書くことの魔性〉
第13章 『蠅の王』とビルとビル・ゴールディング
結び 知られざる神〈読魔〉との遭遇体験を読者へ
あとがき
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