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著者名 書名 出版社 出版年
貴志雅之(編著) 『アメリカ文学における幸福の追求とその行方』 金星堂 2018

【梗概】 概要:

本書は、2015年10月11日に京都大学で行われた第54回日本アメリカ文学会全国大会のシンポジウム「アメリカ文学における幸福の追求とその行方」(司会・講師:貴志雅之、講師:白川恵子、新田玲子、竹本憲昭)が契機となって生まれた。アメリカ独立宣言書に、生命、自由とともに、すべての人間が生まれながらに与えられた不可侵の権利として記された「幸福の追求」は、建国以来、現代にいたるまでアメリカという国家とそこに生きる人々を突き動かす精神的原動力となってきた。それは、「アメリカン・ドリーム」と並んで、アメリカの理想とアメリカ人の精神性を表象する、誰もが知る言葉である。アメリカ文学、演劇、映画に「幸福の追求」のモチーフが数多く現れるのも不思議ではない。にもかかわらず、このテーマを中核に据えたアメリカ文学・演劇研究書は数少なく、日本国内では皆無と言っていい。かつて、ユヴァル・ノア・ハラリは著書『サピエンス全史---文明の構造と人類の幸福』において、これまでの歴史書のほとんどが、一人一人の人間の幸せや苦しみに歴史がどのような影響を与えたのかについては、何一つ言及していないことを問題にし、それを「人類の歴史理解にとって最大の欠落」と捉え、「この欠落を埋める努力を始めるべき」だと語った。日本のアメリカ文学研究者もまた「幸福」をめぐるこの問いに答える真摯な努力を始めるべきだろう。本書は、「幸福の追求」とその行方をアメリカ文学に探ることで、ハラリの言葉を借りれば、アメリカ文学理解にとっての最大の欠落を埋める努力を形にしたものである。

幸福追求の営為の中で、追求の行方が当初の目的とは違ったものにもなれば、目的と手段が乖離したものにもなる。あるいは、地平のかなたを目指す旅のように、永遠に到達不可能なものや場所を追い求めるなかで、行方は宙づりにされたまま、ただ追い求める旅が続く。それはアメリカを描く作品創作のなかで、アメリカの作家、劇作家、あるいは詩人が心に留める意識、アメリカの心象風景であるようにも思われる。「幸福の追求とその行方」をめぐる姿はどうアメリカ文学によって映し出されてきたのか。このテーマをめぐる思索が本書収録の論考それぞれに刻まれている。

本書は、シンポジウムのパネリスト4人に加え、本企画に賛同いただいた小説と演劇の研究者14人の方々(西谷拓哉、西山けい子、中良子、古木圭子、常山菜穂子、黒田絵美子、後藤篤、原恵理子、堀内正規、山本裕子、森瑞樹、中村善雄、岡本太助、渡邉克昭の各氏)からご寄稿をいただいた、執筆者全18人による研究書である。小説と演劇、両ジャンルの論考が東西から多数揃うことで、本書テーマの追求がさらに深みと奥行きを増したものになった。

アメリカ文学は独立宣言書に刻まれた「幸福の追求」をどのように描き、読者あるいは観客の「幸福の追求とその行方」にどのような影響を与えてきたのか。本書が、過去から現在、未来に至るアメリカ文学の営為と志向性を改めて考える契機となれば幸いである。

目次:
序   アメリカ、幸福の追求とその行方(貴志雅之)
I 記憶・夢・愛
第一章 「世界で一番美しい島」
     オニールとメルヴィルにおける母胎回帰の夢(西谷拓哉)
第二章  贈与としての幸福の夢
    『二十日鼠と人間』におけるイノセンスの意義(西山けい子)
第三章  幸福の瞬間
    ユードラ・ウェルティ『デルタの結婚式』とヴァージニア・ウルフ 『灯台へ』 を読む(中良子)
第四章  トルーマン・カポーティの記憶の中の幸福
    『草の竪琴』の儚い温もり(新田玲子)
第五章  ブローティガンの戯れと幸福感(竹本憲昭)
第六章  サム・シェパードの戯曲にみる女性の連帯と幸福への脱出(古木圭子)

II 他者・狂気・暴力
第七章  世紀転換期ハワイにおける日本人移民の幸福と演劇的想像力(常山菜穂子)
第八章  「普通」への反逆
     一九四〇年代のコメディー分析(黒田絵美子)
第九章  明白なる薄命
     ウラジーミル・ナボコフの『プニン』におけるハッピーエンドの追求(後藤篤)
第十章  タブーを犯した成功者
     『山羊 - シルヴィアってだれ?』における幸福の追求と破壊(貴志雅之)
第十一章 幸福と寛容の表象
     ジョン・パトリック・シャンリィの『ダウト - 疑いをめぐる寓話』(原恵理子)

III 言語・歴史・イズム
第十二章 ナンシー・ランドルフの幸福の追求
     歴史/小説にみるジェファソン周辺の「幸福の館」(白川恵子)
第十三章 エマソンにおける〈幸福〉の二つの意味
     ハンナ・アーレントからエマソンを見る(堀内正規)
第十四章 アメリカン・ドリームの申し子
     フレム・スノープスと五〇年代のフォークナー(山本裕子)
第十五章 幸福のレトリック
     ハミルトン/『ハミルトン』が描いたアメリカ(森瑞樹)

IV メディア・科学・テクノロジー
第十六章 文化装置による意識の変容
     ジェイムズの『使者たち』における幸福の行方(中村善雄)
第十七章 リアリティTV時代の幸福
     クロス・メディア的視点による考察(岡本太助)
第十八章 「幸福」のこちら側
     リチャード・パワーズの『幸福の遺伝子(ジェネロシティ)』に見る横溢と復元力(渡邉克昭)

あとがき
事項索引
人名索引
執筆者紹介

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