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著者名 書名 出版社 出版年
伊藤詔子 『ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス ―ポーとダークキャノン』 音羽書房鶴見書店 2017

【梗概】
本書は、著者がこの30年間にポーが移り住んだアメリカ東海岸の大都会とゆかりの場所を訪ね行ったリサーチに基づく研究である。ボストン、フィラデルフィア、リッチモンド、プロヴィデンス、ニューヨーク、ボルティモア、リッチモンド、また『ピム』の舞台となったナンタケットや、ナット・ターナーの反乱の起きたサザンプトンも含む。これらの場所のうちポー文学との最も深いつながりをディズマル・スワンプにみて、同時代、モダニズム、ポストモダニズムに流れるダーク・キャノンの水脈を辿りまとめたものである。
第1部ではポーの母と女性と自然をテーマとする初期の詩から中期の作品の、自然と家の表象を、ゴシック・マザーとゴシック・ネイチャーとゴシックの窓の関連で捉える。またポーの詩を墓場詩と捉え、従来美女再生譚と呼ばれてきたジャンルを〈幽霊譚〉と捉えなおして、ポー作品の妻と恋人の表象性を再考する。第II部では、ポーの自然観や人間観には、単にゴシック的に改変された姿のみならず、現在エコクリティシズムや環境研究で議論されている、自然を超える自然、ポストネイチャーの様相を備えていることを指摘する。第III部では、ポーがその中で生きた奴隷制の影響がポー作品の巧みなプロットを形成していくさまを、驚異の自然領域であるディズマル・スワンプが生み出した一八三〇年代から六〇年までの文学と並べて考察し、アメリカンルネサンス・キャノンから排除されてきたポーを、ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス論の中で定位する。本書の掲げるダーク・キャノンとは、人種を超えた文学の特質としてポーと同時代、南部と北部の境域であったボルティモアで生きたアフリカ系アメリカ作家の想像力とも共震するものである。
第IV部ではポーとアメリカ作家が織りなすダーク・キャノンの形成と展開を、デュパンの造詣に関わるダゲレオ的想像力の発見から、ホーソーンのダゲレオタイピスト、ホールグレイヴと比較する。またアッシャー館が崩れていく沼地は、『アブサロム、アブサロム!』のサトペン屋敷がその上に建っていた沼地でもあったことを論じる。第V部では、エコクリティシズムの観点から明らかになってきたポーの独自性を「使い果たされた男」を中心に論じる。ポーがメアリー・シェリーから受け継いだ怪物のテーマは、様々な形でポー的な改変を受け継承され、ポストヒューマン・エコロジーの中で議論できる。またポーをテーマとする絵画の世界と、ポストモダン・ゴシック作家 J・C・オーツが描く死後のポーについて、綿々と受け継がれるポー的恐怖の原形質としての暗闇に光を当てる。終章では序章で論じたポーのトランクの謎に迫る。
本書ではアメリカ諸都市と時代との相互交渉的なポー文学の形成過程に目を向け、同時代と現代作家の、これまで断片的に終わっていた比較を、ポー的系譜、明晰にしてダーク、ヒロイックでポストヒューマン的ヒーローの構築を軸に解明する。

【目次】
はじめに

序章 ポーのボストン帰郷と遺髪秘話の行方
1 作家生誕200年祭
2 ポーの復活
3 ポーのインディアン化と批評的先見性
4 日本ポー学会の作家生誕200年祭
Photo Library 1= 生誕200年記念切手、プロヴィデンス・フィラデルフィアとポー

第 I 部 ポーの墓場詩と花嫁の逆襲
 第 1 章 「丘の上の都市(City on the Hill)」から「海中の都市(The City in the Sea)」へ
1 水と死の夢想
2 宇宙的ナルシズム「湖に」 (“The Lake”)
3 「眠れる人」(“The Sleeper”) の朧な霧
4 超現実のトポス「夢の国」 (“Dream-Land”)
5 メランコリーの海と「海中の都市」 (“The City in the Sea”)

 第 2 章 花嫁の幽閉と逆襲─エリザベス、モレラ、ライジィーア
1 美女再生譚から幽霊譚へ
2 新たな視点─ライジィーアとモレラの第二の物語(セカンドストーリィー)
3 ゴシック・マザーへの禁じられた愛
4 母性的風景への一体化願望
5 不可思議な目の深淵に表象されたエロス的願望
6 ライジィーア蘇りのオカルトの部屋
Photo Library 2 母と花嫁

第U部 ゴシックネイチャー、キメラ、第二の自然
 第 3 章 ポーの不思議ないきものたち
1 ゴシック・ネイチャーとしての黒猫と大鴉
2 社会的に構築される自然
3 ポーのキメラ列伝

 第 4 章 自然表象の葛藤の海─『アーサー・ゴードン・ピム』
1 資源、商品、食糧としてのいきもの
2 儀式的記号としてのキメラ
3 転覆的記号としての雑種の身体─ダーク・ピーターズ

 第 5 章 「アルンハイムの領地」と「人生の航路」─ポーとトマス・コール
1 新たなサブライムの意匠
2 〈アメリカンサブライム〉の多様化について
3 〈アメリカンサブライム〉解体
4 アッシャーの環境の感覚とエコ・キャタストロフィー
5 天使となって地球を脱出するアッシャーとマデライン
6 第二の自然の創造
Photo Library 3= ナンタケットとブラウン大学

第V部 ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス─ナット・ターナー、ドレッド、ホップ・フロッグ
 第 6 章 『アメリカン・ルネサンス再考』から『ブラック・ウォールデン』まで
1 1850年を巡る作家たちの動き
2 マシーセンとポー
3 黒人作家と白人作家の間テクスト性

 第 7 章 ウィルダネスの聖地、沼地のポリティックス
1 ソローと沼地
2「ナット・ターナーの告白」とディズマル・スワンプ

 第 8 章 ストウとポーの沼地
1 ストウの沼地の人(swamp-dwelling-people)、ドレッド
2 ノーフォークから終焉の地、ボルティモアへ
3 ターナーのエコーと「ホップ・フロッグ、または鎖でつながれた八匹のオランウータン」
Photo Library 4= ヴァージニア大学とリッチモンド

第W部 ポーとダーク・キャノン
 第 9 章 ダゲレオタイプ、ポー、ホーソーン─真実の露出(レベレーション)と魔術的霊気(アウラ)のはざまで
1 新しい視覚テクノロジーと文学ジャンルの開発
2 ダゲレオタイプの出現とポーの「文学の新しい国(new literary nation)」
3 ホーソーンのロマンス論とダゲレオタイプ
4 〈光の描く絵〉としてのダゲレオタイプ
5 ダゲレオ装置が設置される〈死体置き場(モルグ)〉
6 魔術としてのダゲレオタイプ

   第 10 章 ポー、フォークナー、ゴシックの窓
1 人種のトラウマとゴシック・アメリカ
2 ゴシック・パラダイムの変容
3 カラーラインを横断するピム
4 プルートーの回帰
5 タイドウオーター・プランテーション
6 語り手の物語空間への入場と沼地
7 身体に空いた窓としての目

第X部 ポーとポストモダンの世界─ルネ・マグリット、ジョイス・キャロル・オーツ、ポストヒューマン
 第 11 章 ポーを描く画家とオーツの語るポーの死後の運命
1 ルネ・マグリットの「アルンハイムの領地」
2 ポストモダン・ゴシック批評家としてのオーツ
3 初期〈エデン短編群〉の凍てつく自然の造詣
4 ポーの死後の物語『狂おしい(嵐の)夜』
5 物語る妻の勝利─「黒猫」の「白猫」への変容

 第 12 章 ポーとポストヒューマン・エコクリティシズム
1 ポー文学に追いついた21世紀エコクリティシズム
2 エコクリティシズムによるポー論の到来とポストヒューマン
3 〈ロマンティック・サイボーグ〉としてのスミス准将
4 アイデンティティの謎と不安
5 ポストヒューマン─生と死の不気味な境界線上の言説
終章 作家のトランク
1 賢治のトランク
2 ファンショーのトランク
3 ポーのトランク
4 トランクの中から見つかったポーの遺稿
Photo Library 5 マリア・クレムとニューヨーク・フォアダムのポーコテッジ

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