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著者名 書名 出版社 出版年
伊藤佳子 『トマス・ハーディと風景―六大小説を読む』 大阪教育図書 2015年

【梗概】

本書では、トマス・ハーディの六大小説について、風景という観点から各作品のテーマを論じる。まず『狂乱の群れをはなれて』では、自然の事物に対する主観的態度が客観的態度によって直ちに中和されることを、風景描写で例証した後、ラスキンの『近代画家論』の「感傷的虚偽」についての議論における事物の二通りの現れ方が、主要人物の心の動きや人間への対応の仕方にも認められることを明らかにし、この作品がラスキンの議論を下敷きにしていることを言う。

ハーディのパストラル的小説『森林地の人びと』は、同じ系譜に連なる初期の『緑樹の陰』や『狂乱の群れ』と比べると、田園世界は著しく変容しており、それはヒントックの森のダーウィン的世界の描写に象徴的に示されている。伝統的な農村社会が、内包する弱さゆえに、近代化に直面するとき崩壊せざるを得ないことを、村に見られる懈怠というエートスや、田園世界を体現する主人公の優柔不断、頑なさ、消極的な生き方を明らかにすることによって論じる。

『帰郷』では、ヘレニズム的なものとヘブライズム的なものの対比が、エグドン・ヒースの風景描写、および、主要人物やプロットについても認められる。ユーステイシアの死は、異教精神の敗北とも考えられようが、作中しばしば、とりわけ結末部で異教的エネルギーが活写されることは、ヘレニズム的なものが支持されていることを示唆しよう。この「ヘレニズム」対「ヘブライズム」というテーマが、後期の『ダーバヴィル家のテス』と『日陰者ジュード』で継続・発展されていることを見た後、『帰郷』をこのテーマの出発点と位置づける。

『カースタブリッジの町長』では、人と町の相似関係を明らかにすることによって、この町が何を表象するのかを考察する。この作品の二大テーマである新旧の闘いと過去との闘いは、町の風景描写を通して語られている。ヘンチャードの穀物取引上の新旧の闘いは、町の緑の沃野を舞台にして、また彼の妻売りという過去との闘いは、古代ローマ時代や先史時代の遺跡を背景にして描かれる。人と町の相似関係を踏まえて、カースタブリッジがこの二大テーマを表象することを明らかにする。

『テス』では、テスの悲劇的災禍のもとであるアレックと関わりの深い建築物、あるいは、それが位置する土地の描写に揶揄の響きがあり、「建築は徳性を表す」ことが示唆されていることを論じた後、当時のゴシック理論家の、建築を思想と密接不可分の関係で捉える考え方をハーディが共有していたことを明らかにする。

『ジュード』における人と風景の乖離や鉄道の前景化に着目し、それらが意味するものを考察する。ジュードの挫折は、社会的不安に駆られたことが一大要因であったことを検証した後、この不安は、小説空間において、主人公達の空間的移動や夫婦関係の不安定さに形象化されていること、および、鉄道をめぐる当時の言説を踏まえて、鉄道は、単なる輸送機関ではなく、彼らの不安や環境からの疎外の表象であることを論じる。

【目次】
序章   ハーディと風景 . . . . . . . 1
第一章 『狂乱の群れをはなれて』における主観と客観 . . . . . . . 7
第二章 『森林地の人びと』の田園世界が孕むもの . . . . . . . 29
第三章 『帰郷』―「ヘレニズム」と「ヘブライズム」― . . . . . . . 55
第四章 『カースタブリッジの町長』―表象としてのカースタブリッジ― . . . . . . . 77
第五章 『ダーバヴィル家のテス』における建築とモラル . . . . . . . 101
第六章 『日陰者ジュード』―鉄道が表象する世界― . . . . . . . 123
注 . . . . . . . 143
初出一覧 . . . . . . . 159
あとがき . . . . . . . 161
参考文献 . . . . . . . 178
索引 . . . . . . . 186

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