2022年5月8日
会員著書案内著者名 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
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赤松佳子著 | 『赤毛のアンから黒髪のエミリーへ――L・M・モンゴメリの小説を読む』 | 御茶の水書房 | 2022 |
【梗概】
カナダの女性作家L.M. Montgomeryの小説の中で、赤毛のアンと黒髪のエミリーは、作者の分身としての特徴を持っている。本書では、両主人公が活躍する作品を読み解き、作者モンゴメリが二つのシリーズをどのように完結させたかを分析している。
第一部では、モンゴメリの代表作Anne of Green Gables (以下AGG)(1908)を五つの視点から論じた。少女小説の古典と位置づけられてきた本作品には、ジェンダーの問題を問い直す面がある。また、作者自身の生い立ちや社会問題への関心から〈孤児物語〉の短編が繰り返し書かれ、AGGという長編が生まれるに至ったのである。この長編小説の魅力は、主人公の赤毛の少女Anne Shirleyの人間性に拠るところが大きい。中でも彼女の鋭敏な観察力と表現力により、手違いでやってきたPrince Edward Islandは彼女の心の〈故郷〉となり、両者の関わりが読者の心にも強く残るものになっている。また、モンゴメリ小説の特徴の一つにユーモアが挙げられるが、それはミュージカルという翻案と原作との比較で、より明らかになる。さらに、日本人読者として著者が注目するのは、村岡花子以来、増え続けている同作品の〈翻訳〉である。AGGにおける主人公の想像力をもとにした名づけは、象徴的な〈翻訳〉の意味を持っていることについても論究した。
第二部では、アン・シリーズと呼ばれる第一作の続編を四つの面から取り上げた。まず、女性の脇役たちが主人公と豊かな〈姉妹関係〉を結び、同性同士の協力関係を構築していることを明らかにした。たとえば、作者は、第一作でアンを引き取って養育する独身女性Marilla Cuthbertを続編において長生きする者として描き、アンとの関係によって、後半生で内面的成長を遂げる人物としている。マリラは、その名前をアンの娘や孫に受け継がれ、シリーズを繋ぐ存在になっていたのである。また、Lavendar Lewis, Philippa Gordon, Cornelia Bryantが登場する作品にも焦点を当てた。続編は、アンの人間関係の広がりを示すものである。作者は絶筆となった問題作で、アンの次男が第一世界大戦で戦死したことの意味を再考しており、それは、このシリーズに自ら決着をつける意味があったと言える。
第三部は、Emily of New Moon (1923) とその続編に焦点を当てた。まず、『エミリー』三部作を翻訳した村岡花子の功績を論じた。日本では黒髪の少女エミリーよりも赤毛のアンの人気が高く、翻訳の数も第一作同士を比べれば、十倍の差がある。しかし、両主人公には共通のものがあり、庭や日本への関心を挙げることができる。また、これらは、アンよりもエミリーの精神的成長に深い関連がある。作家志望のエミリーには、モンゴメリ自身の経験や挫折が反映され、同時に言及される先行文学作品が効果的な伏線を形作り、虚構としての完成度を高めている。本三部作はアニメ化もされており、著者が時代考証として関わったことから、この翻案を通じて深まった原作の理解や問題点を論じた。最後に、アンとエミリーという二大ヒロイン作品群と読者の支持との関係を考察した。
目次
第1部 『赤毛のアン』
コラム 作家の生涯と二つのシリーズ
第1章 少女小説の古典
第2章 孤児の物語-『アンの仲間たち』と『赤毛のアン』との比較から
第3章 アン・シャーリーの言葉力
第4章 ユーモアが照らすもの-カナダのミュージカル版との比較から
第5章 日本の『赤毛のアン』〈翻訳〉が意味するもの
第2部 アン・シリーズ
第1章 母性の絆がマリア・カスバートにもたらしたもの
第2章 〈眠り姫〉の目覚め-アンとミス・ラヴェンンダーの友情
第3章 高等教育と向上心の意義-あるカナダ女子大学生の内的成長
第4章 逞しい独身女性の変身-ミス・コーネリアの役割
第3部 アンからエミリーへ、『エミリー』三部作
第1章 L・M・モンゴメリの『エミリー』三部作と村岡花子
第2章 庭がアンとエミリーの精神的成長へ及ぼすもの
第3章 〈世界の反対側〉・日本への関心
第4章 『エミリー』三部作における先人文学作品の引用と引喩の効果
コラム アニメ『風の少女エミリー』が示すもの
初出一覧
索引